この記事では,論文原稿を査読付きジャーナルに投稿する前にプレプリントとして公開することで実際に生じるデメリットと,誤解に過ぎない点の両方について扱います。多くの場合プレプリントに関する懸念は的外れであり,それによって研究発表を遅らせる必要はないことがおわかりいただけるはずです。
はじめに
学術出版の世界で急速な広がりを見せるプレプリントですが,もちろん限界もあります。たとえば,査読が存在しないことや,インパクトファクターに結びつかないことがその一例です。しかし,ジャーナル掲載前にプレプリントを公開すると研究成果が剽窃されてしまうかもしれないといったような,デメリットに関する「思い込み」もたくさんあります。
そこで,プレプリントの背景について簡潔におさらいし,実際に生じるデメリットと単なる思い込みに過ぎない点の両方について検討することにしましょう。本記事を読み終えるころには、プレプリントとその限界についてより学術的な理解が得られるはずです。また,プレプリントに関する誤解に基づいた懸念も扱っていきます。
プレプリントについて
プレプリントとは,学術誌の査読通過前に一般公開される論文原稿のことです。プレプリントとして論文を投稿すると,すばやく他の研究者たちの目に留まり,すぐに議論してもらうことができるため,時間のかかる査読プロセスを待たずとも研究成果に関するコメントをもらうことができます。
プレプリントはとりわけキャリアの浅い研究者たちの間で急速にポピュラーになりつつあります。たとえば,2018年末に開設されたばかりのResearch Squareのプレプリントサーバーには,すでに15万本を超えるプレプリントが投稿されています。
とはいえ,査読付きジャーナルによる正式な掲載決定前に,研究成果がプレプリントサーバー上で人目に触れてしまうことに抵抗がある研究者もいることでしょう。
「投稿予定の査読付きジャーナルはプレプリントを受け入れてくれるのか?」
たいていの学術出版物(ただし,すべではない)は,査読や掲載のためジャーナルに投稿された原稿をプレプリントとして公開することを認めています。また,現在すべてのオープンアクセスのジャーナルが,プレプリント公開済みの原稿を受け入れています。
さらに,この10年あまりで大半のジャーナルがプレプリント投稿済みの原稿を受け入れる決断をしました。BMJやSpringer Natureなどの一部の出版社では,プレプリントを許容するだけでなく,執筆者が査読中の論文原稿をプレプリントとして投稿することを推奨しています。
しかし,学術誌の方針は様々なので投稿予定の査読付きジャーナルがプレプリントを受け付けているかどうか、個々にチェックすることが大切です。また,ジャーナルによってはプレプリントの許容範囲に様々な条件を課していることがあります。たとえば,New England Journal of Medicine(NEJM)の場合、プレプリントの投稿先は非営利のプレプリントサーバーでなければならないとしています。一方,JAMA NetworkおよびAPAは,すでにプレプリントとして公開されている原稿を投稿する場合,必ず有意義な新しい情報を追加するよう定めています。
プレプリントに関する各誌の方針はこちらで確認できます。
「プレプリントを投稿すると,研究成果をかすめ取られてしまうのでは?」
Review CommonsのSara Monaco編集長が述べているとおり,「プレプリントの利用をためらう執筆者の主な懸念は,出し抜かれてしまうかもしれないという不安」にあります。「出し抜かれる」というのは,ある研究成果の発表について他の研究者(あるいは研究チーム)に先を越されてしまうということです。しかし,この懸念はプレプリントに関していえば根拠がありません。
実際,この問題に対応するため「抜け駆け防止策」をプレプリントに提供している出版社もあります。たとえば,EMBO Pressのジャーナルの場合,この仕組みは提携プレプリントサーバーに原稿が投稿されたその日から有効になります。そして,プレプリント投稿から査読までの期間に似たような成果を報告する原稿が他の執筆者から届いたとしても,それをもって当該の論文をリジェクトすることはありません。
また,プレプリントサーバーが原稿を受け付けるにあたって,デジタルオブジェクト識別子(DOI)が付与されるのも注目に値します。これは,あなたが研究成果を発表したことを示す公開かつ永続的な記録であり,タイムスタンプを含んでいます。
「否定的なコメントがついてしまうかもしれない……」
プレプリントは目に付きやすいため,研究成果をプレプリントとして公開するということは他の研究者からコメントをもらう機会が増えるということに他なりません。こういったコメントはプレプリントのプラットフォーム上で公開されるわけですが,場合によってはかなり否定的な意見が付くこともあります。
否定的なコメントは耳が痛いものですが,前向きに捉えれば「プレ(事前の)」査読のようなものだと言うこともできます。
コメントを考慮しつつ推敲を行うことで,研究成果の質をより高めて公開することができるかもしれないからです。このことは,ジャーナル投稿前の原稿を洗練させる上でとりわけ効果を発揮します。
もちろん、プレプリント上についた公開コメントを投稿予定のジャーナル査読者が参考にする可能性は否定できません。ジャーナルや原稿に関する方針がどうであれ,あなたの研究成果に対する意見を読んだ査読者や編集者が,それを「見なかったこと」にするのは難しいからです。
ここで大切なのは,ジャーナルに掲載される論文と違ってプレプリントはアップデートできるということです。つまり,原稿に否定的なコメントがつくのは建設的な対応をするチャンスだということです。新たなデータや分析を追加し,批判者も納得がゆくような説明をすればよいわけです。
「プレプリントには査読がない」
多くの研究者は、査読プロセスによって原稿の品質が向上し、原稿の信頼性と再現性が向上することに同意するでしょう。しかし,プレプリントには綿密な査読が存在しません。つまり,研究が適切に設計され,得られたデータからしかるべき結論が導かれているという保証はないわけです。
とはいえ,きちんとした研究を発表するのは執筆者自身のために他なりません。誤った情報や誤解を招くような主張をプレプリント上で公開すれば,研究成果および執筆者の信頼性を損なってしまう恐れもあるからです。
査読付きジャーナルに論文を掲載するにはそれなりのハードルがあることは,研究者なら誰もが知るところです。そして,最大の懸念となるのはやはり掲載までにかかる時間でしょう。実際,『Nature』誌の査読にかかる時間の中央値は2006年から2016年の10年間で85日から150日あまりに増えてしまいました。
『PLOS ONE』誌でも同時期に37日から125日に増加(Powell, 2016)したほか,最近の研究によれば,各誌で掲載までにかかる時間の中央値は79日から323日であることが示されています (Runde, 2021)。
一方,ジャーナルの査読プロセスより前にプレプリントを投稿すれば,その論文の内容はすぐに一般公開されることになります。しかも,執筆者は論文に関する有意義なフィードバックを,査読の場合よりも幅広い読者層から受け取ることができるのです。
繰り返しますが,査読者も公開コメントや研究コミュニティの反応を目にするかもしれません。このことは,その後に続く正式な査読プロセスを効率化し,最終的な掲載論文の質を高めることにつながるでしょう。
「プレプリントはインパクトファクター(および,その他の信頼できる質の指標)に結び付かない」
研究成果をどこに投稿するか決める際にカギとなるのは,多くの場合,ジャーナルのインパクトファクターです。インパクトファクターとはジャーナルを評価する指標であり、この数値が高いジャーナルほど質の高い論文を掲載していると考えられています。
インパクトファクターの高いジャーナルに研究論文を掲載することは研究者にとって大きなアドバンテージになります。レベルの高い綿密な査読の結果,研究の価値が認められたことを研究コミュニティが保証したことになるからです。
とはいえ,インパクトファクターの本当の価値については疑問の余地があります。そもそも,どのジャーナルに投稿したとしても研究成果そのものは変わりません。きちんとした研究であれば,指標などなくとも評価してもらえるはずなのです。
また,Google Scholarや Web of Science,Scopusなどを利用した論文検索では,論文に含まれるキーワードがその研究を適切な読者に届ける上でカギとなります。これはどのジャーナルに投稿する場合でも同じです。
いずれにせよ,一番大切なのは研究成果をコミュニティ全体で共有することです。その結果として,同分野の研究者たちに引用してもらえるかどうかで,あなたの研究の重要性に評価が下されることになるわけです。
また,インパクトファクターの高いジャーナルに論文を掲載しようとして,多大な時間を費やす羽目になることもあります。6か月も査読結果を待ち続けたあげくリジェクトされてしまう,などということも珍しくないのです。
リジェクトに至るまでの過程で,論文は査読者や編集者の間を何度も行き来して何段階もフィードバックを経ているでしょう。しかし,研究コミュニティにシェアされず,当該分野に影響やインパクトを与えることができないのであれば,その時間は無駄になってしまいます。
もちろん,まずはインパクトファクターの高いジャーナルを目指したいという研究者もいることでしょう。そして,リジェクトされたらインパクトファクターの低いジャーナルに投稿するわけです。ところが,そのジャーナルにもリジェクトされてしまった場合には,さらにレベルを落として掲載先を探さなくてはならなくなってしまいます。
しかし,掲載プロセスにそこまで時間を費やさなくてはならない可能性がある場合は、「高い」インパクトファクターにこだわる価値があるかどうか良く考えてください。
「プレプリントは誤った情報の拡散につながってしまうかもしれない……」
正式な査読を経ずに投稿されるプレプリントには,根拠の薄い研究が過剰に注目を浴びてしまうというリスクがあるのは事実です。内容が不十分でも「派手」なプレプリントの論文がマスコミにもてはやされ,優れた論文が無視されてしまうことがあるからです。そして,こういった研究が世間に広まると誤解や混乱を招くことになりかねません。
もちろん,プレプリントリポジトリ側も誤情報のリスクを理解しています。コンテンツの査読は行われておらず,その成果はまだ実証されていないことに留意するよう、読者に前もって忠告するリポジトリが多いのはそのためです。また,プレプリントサーバーによっては,読者に対して内容を慎重に解釈・利用するようアドバイスしたり,自動的に最新版を表示したり,プレプリントを削除する場合にはその理由を掲載したりしているものもあります。
プレプリントの質の関する懸念とは裏腹に,Research Squareをはじめとする多くのプレプリントプラットフォームでコンテンツの全体的な質を確保するための基礎的な審査が導入されています。こういった審査は多くの場合,内容に関する専門知識を持った研究者によって行われます。
たとえば,bioRxivおよびmedRxivでは,主要な研究者(bioRxiv)や医療従事者(medRxiv)が投稿論文の評価に当たっています。さらに,倫理委員会による承認,臨床試験登録,インフォームドコンセント,利益相反といった項目も精査されます。
では,なぜプレプリントを利用すべきなのか?
多くの研究者がそうであるように,論文をプレプリントとして投稿しようと考えているものの,経験不足から不安を感じている方も多いことでしょう。
プレプリントサーバーの数は増加の一途を辿っており,論文をプレプリントとして投稿する研究者の数も増え続けています。実際,2018年にbioRxivのサーバーに投稿されたプレプリントの数は,それまでの4年間に投稿されたプレプリントの総数をたった1年間で上回ったほどです。
さらに,論文のプレプリント投稿にはクレジットやフィードバック,目につきやすさ,透明性,迅速さなど,様々な面で大きなメリットがあります。
おわりに
プレプリントに関する懸念が概ね解消できましたら、ご自身の研究論文をプレプリントプラットフォームに投稿することをご検討ください。そんなあなたにオススメなのがResearch Squareのプレプリント用プラットフォームおよび関連ツール・サービスです。英会話は得意だという方や英語能力試験で高いスコアを持っている方にとっても,全世界の読者に向けて研究論文を執筆して公表するのは大きな挑戦です。そこで当社では,低価格なデジタル編集やプロ仕様のトータル編集をご用意してあなたの論文の抜本的な見直しをサポートいたします。
参考文献
Powell, K. (2016). Does it take too long to publish research? Nature 530, 148–51.